先のスーパームーンの時は、それはあれこれあったので、
それどころじゃあなかった二人でもあって。
まず、十日ほども一緒にいられなかったのが 一番大きな困った事案だったし。
双方ともに結構な荒事の真っ最中だったのをやっとのことくぐり抜け、
そうして叶った逢瀬というやつだったので。
それはそれは大急ぎで二人っきりになれるよう、
中也の自宅へ運び込まれたそのまま、
ソファーに降ろされたと同時くらいの急きようで、まずはと唇を奪われて。
「んぅ……。////////」
急いてのこととは思えぬほど、
するりと間合いに踏み込み、そのまま狙い違わず重なった口許。
中也の側はソファーへ膝から乗り上がる格好になっての、
頼もしい双腕を広げ、その懐へと愛し子の痩躯を掻い込んで。
総身をしっかと抱きすくめてくれての口づけは、
そういう体勢にあるのだということを
安堵でもって拾えたほど、刻を掛けての丁寧なそれであり。
ただ唇を合わせるだけじゃあない、
舌先で合わせをくすぐって開かせて、もっともっと密接に触れ合うのだと、
知って間がない技巧にあふるるそれを降らされて。
それは愛しい人のかぐわしい香りにくるまれ、
頭の芯やら背条やらから甘い熱が滲み出して居たところへと、
名残惜しげに、それでもあくまでも優しく唇を離してから。
「う~ん、いろいろと我慢だな。」
なんて、悪戯っぽく笑う人。
そんな兄人の懐へ、夢見心地で頬をうずめていた身へ届いた呟きに、
微妙な間が空いてから、パチパチっと薄色の睫毛をしばたたかせ。
え?どうして?と 意外そうな表情でもって訊いて来た少年へ、
具体的に “何を”我慢かまでは至らないうちなのだろうなと感じつつ、
「先週は何とかいう大使主催のレセプションへの護衛に立ってて、
刃物を振り回した暴漢を有無をも言わさず叩き伏せて捕まえたらしいし、
そこから日を置かず、今度は別な要人の関係者のためにって、
特殊な血清を自前の足で駆けって駆けって
国際病院まで運ぶなんて任務にも当たったらしいし。」
つらつらとそれは流暢に並べられた一通り、
ちょっとしたスケジュールのような軽い口調で紡がれたそれらだったが、
「な、何でそれを知ってるんですか?」
どちらもお膳立てには国が動いたような級の、
重要特殊にして極秘な任務だったようで。
だというに それは呆気なくも丁寧になぞられてしまったものだから、
敦としては心から驚いたらしく。
接吻で熾された甘い甘い余熱も吹っ飛ばし、
えええっと慄いて、ただでさえ大きな双眸を見開いた彼だったのへ。
ポートマフィアの情報力を舐めんなよと
美味しい反応ごとうっとりと堪能しつつ小さく笑った中也が、
声音をやんわりと押さえつつ紡いだのは、
「昨日は昨日で、凍るような寒い想いをしたらしいからな。」
「ええっとぉ…。////////」
低体温症からの昏睡状態。
しかも頼みの綱である彼の異能、超回復が途切れたか、
不意にぶるぶると凍えだして、
傍らで容態を見守っていた太宰や芥川までもを
心的に ひやりとさせもしたほどの重篤状態だった子で。
そういった直近の事情とやらだってとうに把握済みであり、
「そんな身なんだ、まずは安静にしなきゃ不味いだろう。」
「うう…。」
さっきの接吻だって、本当は興奮させては不味かったのかもと思えば
不謹慎極まりなかった行為であり。
そんな格好でのナイショのご褒美出来たのだからと、
あやすようにさらさら指通りのいい白銀の髪を梳いてやる。
ああちょっとはよくなったかな、
出会ったばかりの頃は全身を石鹸で洗ってたらしくて、
質はいいのに きしきし強張ってたもんなと、
妙なことを思い出しておれば、
「ですが、ボクの頭ではそれが精一杯の策だったんで。」
なので、ちょっと危篤状態になっちゃったのも自業自得ですと、肩をすくめる敦だが。
こやつはもうもうと、
懐の中、ふにゃりと笑み崩れる愛しの少年へ、
何と言っていいやら、複雑繊細な困惑に胸のうちを掻き回されてしまう中也であり。
それほどにこっちへもダメージだったのだと、
此処は正直に はぁあと溜息をついてやった方がいいものか。
だが、そうなればひどく傷ついて
及び腰になってしまおう彼ではなかろうかとも思えば、
かつての芥川にそこを考慮してやったほどの中也としては
迂闊なことは出来ないかとも案じるわけで。
そこでふと思い出したのが、
「……何であんなことを訊いたんだ?」
はい?と訊き返す彼には思い当たりがないようで。
ということは、さほど重い意味合いから口にしたのじゃないのだろう。
訊かれたこちらは揃ってギョッとしたというのにね。
『 …僕は役に立てましたか?』
常からも それは全力で頑張る真っ直ぐな少年であり。
余力を考えなかったり、人を疑うことを知らなかったりという
経験不足から来る難こそあれ、
簡単には諦めない芯の強さや、人への優しい気遣い、実直さなど、
イマドキには珍しいほど稀有な人性をしており。
自己評価が低いのを何とかしろと、
あの芥川からさえ叱られているらしいというから、
そこがまた出たかと
居合わせた大人一同はついつい呆れてしまったのだけれども。
「覚えてねぇんなら もういいが。」
「…あ、もしかしてあれですか?」
役に立てたかと訊いたこと、ですよねと。
間の悪い思い出し方をしてから、だがだが、
「あれはですね。
捕まえた爆弾魔の人が
他人からの評価みたいなもの、凄く気にしてる口振りだったのを、
ふと思い出したからなんです。」
やっぱりさほど重く感じ入って口にしたんじゃないようで。
唇をうにむに噛みしめるよに照れながら、さらりと言ってのけ。
「壁を通り抜けられる異能を持ってる人で。
それをついつい使ってはあちこちへ侵入して、
自分のこと陰ではどう思っているのかなって、
知り合いや友達からの評判をいちいち確かめてたらしいんですよ。」
そこまでは訊いてないが、始まりは偶然からだったのかもしれない。
親しいと思ってた人が陰では心無いことを言ってたの、
たまたま聞いちゃったのが切っ掛けだったのかも知れぬ。
そこから妄執じみた疑心暗鬼に捕まってしまい、
その果てに、綺麗ごと言ってんじゃあないよと、
マフィアとつながりがあろうにそれを欠片も顔に出さない
有名店や著名な人に吠え面かかせてやろうぞと、
あんな人騒がせを思いついて実行したのだそうで。
「話を聞いてた時は、ただただ時間稼ぎをしたくて、
右から左って聞き流していたようなものだったんですが。」
えっとぉと、此処でやや伏し目がちになってから、
こちらの薄い肩を抱き、親身に聞いてくれている中也の顔を窺うように見て、
「でも、考えてみたら、それって誰もがどこかで抱えてることですし。」
んん?とかすかに目を見張った中也だったのへ、
ああ、この人は強いから。自分の身へなんて想いもつかないことかしらと、
そうと感じて“えっとうっと”と言葉を重ねる。
「どう思われているのかな、図々しいなと迷惑に思われてないかしらって。」
そんなことをふと思うような自分は、
この強くて頼もしい人とは違って、まだまだ卑屈なんだなぁと実感しつつ、
「どうでもいい人には思わないこと、
でもでも、大好きな人へはいつだって思うことじゃないですか。」
好きな人からは、その度合いが大きければ大きいほど
同じくらい好きだと思われていたいもの。
さすがに過ぎると順番がおかしいとは思うし、
そんなことに振り回されるほどというのは、
ある意味、自意識過剰とやらかも知れぬとは思うのだけれど。
「…嫌われてはないかなとか、ついつい思うじゃないですか。」
他人事じゃあないとでも言いたいか、
暁の空が宿ったような瞳を瞬かせ、一途に懸命に説く虎の子くんなのへ、
「……そう、だな。」
一旦は肯定したものの、そのままにやりと口許を不敵にほころばせ、
「何時だってというのは、ちょっと俺には当てはまらないかも知れんがな。」
「え?」
確かに豪快な人じゃああるが、
それと同時、人を思いやる侠気にも満ちた懐深いところがあって、
そんな寛容さがまた、部下や周囲の人々を惹きつけて止まない中也だというに。
自覚がないのかなぁ意外だと目を見張った敦へ、
「手前だって何時もじゃあねぇだろ。」
「えっ?」
そうと畳みかけられ、
そ、そんなはずはと否定しかかる困惑のお顔へ、
視線が下がる間も与えず、ぐいとこちらからも顔を寄せてやり、
「正念場に立った時、ちゃんと俺とか皆のこと考えてるか?
お前が怪我をしたら、そうなりそうな危険なことへ突っ込むようなら、
俺らがどれほど心配するかをいちいち考えてるか?」
「……あ、////////」
今回の騒動だって似たよなもんだ。
そうするしかなかったという窮余の策だったんだろうし、
大きな騒ぎになって怪我人が出るくらいならっていう、
自分が楯になりゃあ被害は最小限で済むっていう、仕方がない選択だったんだろうが。
「戦闘の最中に、
いちいち 誰それが案じるのでは?なんて思慮はすまいよ。
そうでなきゃあ咄嗟の反射が鈍っちまうことにも通じるしな。」
「それはそうですけど…。」
息をもつかせぬ接戦の最中、ふっと見つけた隙を抉らにゃならぬようなときに、
一瞬でも他所ごとを考えてなんていられない。
そこまでの余裕なんてない身だからと、
それでついつい無鉄砲なことをしてしまい、
結果、この身が大きく損なわれてしまいもする。
その点をあっさり同意し合うところが、さすが近接型前衛同士というところか。
『いいじゃんか、作戦は成功したんだろ?』
『君がそうまでボロボロになってたんじゃあ完璧とは言えないよ。
次は相討ち以上の戦果を持ち帰られるようにしてよね。』
かつても減らず口が絶えなんだ あの太宰が居たならば、
そこは“それじゃあいけないよ”と
他でもない君こそが叱ってくれなきゃあダメじゃあないかなんて、
蹴り飛ばしたくなるような不快な顔つきで閉口されたかもしれないが。
ままそれはそれだと、
意識の何処へも残さぬよう、どっかの隅へと埋めといて。
「似た者同士だな。」
いかにも悪巧みへの哄笑っぽく、
玻璃玉のような青い青い瞳を弧にし、
表情豊かな口許を真横に引いての、にんまり笑って囁かれ、
「あ…。//////」
喜んでちゃあいけないのではと思うより、
あああ、そんなカッコいい顔して覗き込まないでと、
いい匂いのする懐に抱きこまれたまま、真っ赤になってしまった、
やっぱりまだまだ未熟者な、虎の少年だったようでありました。
~ Fine ~ 18.01.03.
*1月2日の晩も“スーパームーン”だったそうです。
そう思って考えてた“姫はじめ”もどきですが、
ちいとも色っぽくならない辺り、
やっぱり慣れないことはするもんじゃあないなぁと…。(とほほ)

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